au未来研究所

鈴木康広Yasuhiro Suzuki

アーティスト …1979年静岡県生まれ。個展やグループ展などを通じて作品を発表している。2015年、「『感じ』をデザイン」する活動が評価され「2014毎日デザイン賞」を受賞。

ものの見方を開発して生まれた「りんごのけん玉」

前篇では、自分の中にある『遊び心』をモノ作りに生かすコツを教えてくれたアーティストの鈴木康広さん。後篇では、鈴木さんの作品の背景を聞きながら、『遊び心』についてさらに深くお伺いしていきます。

―鈴木さんは、「りんごのけん玉」を作られていたり、けん玉を首から下げたお写真を撮られていたりと、けん玉のイメージがあります。なぜ、けん玉なのですか?

「僕の創作活動にとってけん玉は、とても大きな存在。中学校のときに、担任の先生が教室にけん玉を持ってきました。ある日、先生の中で一番難しい『灯台』という技(玉を持ち、吊り下げたけんを引き上げて玉の上に立てる技)を最初にできた人が先生のけん玉をもらえることになり、クラスメイト10人くらいの間でにわかに盛り上がりました。その結果、なんと、僕が一番に成功したんです。勉強も、小学校では得意だった運動も中途半端になり、なんの取り柄もなかったのですが、けん玉で1番になれた。トロフィーのようなものとして、その後もずっとけん玉と一緒でした。
 けん玉が常に近くにある生活を続けていた2002年のある日、古くなってまばらになった赤い塗料がりんごに見えました。使えば使うほどリアルなりんごに見える、というアイディアで、「りんごのけん玉」という作品に。長い期間にわたってものを見るということと、美大で学んだ、もともとあるものの見方を変えて新しい意味を与えることで形になった作品です。」

自制している自分に気づいたら、それを取り払う工夫をする。

―ほかにも、そういった見方を変えたことで生まれた作品はありますか?

「少し意味合いは違いますが、『まばたき採集箱』という作品があります。これは、僕が20代の頃、人のまばたきの写真を集めていたんです。目を開いた写真と閉じている顔写真を撮らせてもらっていたのですが、30代になって、顔写真を撮らせてもらうことが少しやりづらくなってきてしまった。そんなとき、カメラを虫かごにするというアイディアを思いつきました。これは、この世には『まばたき』という虫のようなものが存在して、人間の目をパチパチさせている、というストーリーから、その『まばたき』を捕まえようというコンセプトです。虫かごという形でカメラをデコレーションしたことで、相手に興味を持ってもらって撮影できるようになりました。恥ずかしさや自分から遠慮してしまうような自制心を自ら取り払うための工夫であり、道具を作ったという例です。自制している自分に気づいたら、それを取り払う。アートとは常にそういうことの繰り返しなのかなと思います」

―その作品は、『まばたき』という虫がいて……というストーリーがあってから作品が生まれたんですか?それとも虫かごを作ってからストーリーをつけたのですか?

「同時進行だと思います。思いついたからノートにスケッチするというよりは、描きながら『あぁそういうことか』と納得することが多い。僕は自分の中の自分でも気がついていないアイディアや、頭の中にうっすらとあるイメージを描き出すことが自分の特技だと思っていて、これは学生時代にずっと描いていたパラパラ漫画で鍛えられたのかもしれません。パラパラ漫画は、動きの中で思いつくアイディアや、動きの中で初めて伝わるニュアンス、面白さのツボを、自分の中から掘り当てる訓練だったと今になって思います。それが、だんだんと一枚の絵の中でそれを表現できるようになってきました」

用途を決めすぎない。広がっていく楽しさを許容する。

―今回、「BE PLAYABLE」というテーマでハッカソンを行いますが、遊び心を持ったモノづくりをするうえで、鈴木さんが大切だと思うことを教えてください。

「実際使ってみると、思ってもいなかったことが生まれるということが遊びだと思っているので、それは出来上がってみないとわからないことも多いと思います。だから考えすぎないようにするというのも大切なのかな。狙いやコンセプト、用途を言いすぎると、そういう風にしか使えないんだと思われてしまうし、思った以上に人を規制することもあるんです。いまの時代、便利な機能として用途が限られているものが多すぎます。それは遊びではない。ものごとの性質や機能にどれだけ幅広い用途や遊びを見立てられるか。名付け方だけでも変わってくることがあるのかもしれません。まずは形にしてみる、それを使ったときに、そこから広がっていく楽しさを許容する心を持つことでしょうか。どんな作品ができるのか、楽しみですね」

テクノロジーは、本来の人間がもつ感覚や能力を呼び覚ますもの。

―au未来研究所の大きなテーマとして、未来のコミュニケーションを考えようということがあるのですが、鈴木さんが考える「未来のコミュニケーション」とは、どういうものですか?

「僕は、問題を解決する上で新しいテクノロジーを前提にすることとは真逆のところにいます。テクノロジーの自立的な発達によって、人間側でできるはずの工夫や、感じる力が衰えていくことに危機感を感じてしまうからです。例えば、先ほどご紹介いただいた昨年度作られたという『FUMM』は、子どもの歩みに合わせて音がなる、という機能がありますが、これは、普通の靴をはいた子どもを見て『音がなったら楽しいな』という気持ちから作られたもの。発案者がそう思った時点で、すでにその靴からは音がなっているという考え方ができると僕は思っています。音が聞こえる、聞こえそう、聞こえたらいいなと感じるその感覚こそ、これからの時代大切なものなのではないでしょうか。音が鳴って満足させてしまうのではなく、そこから先が重要だと思います。あくまでも使うのは生身の人間であって、テクノロジーは本来の人間の感覚を呼び覚まして気づかせてくれるもの、という付き合い方ができたらいいのになぁと思っています」

自分のことは自分が一番わかっていると過信しがちですが、とことん自分自身と向き合ってみると、気づかなかった心のブレーキが見えることがあると鈴木さんは言います。モノづくりの大前提にある、自分自身の研究。ハッカソンまでの間、ノートにスケッチをしながら、自分の心にあるブレーキを外す訓練を重ねてみてはいかがでしょうか。楽しい広がりを持った作品に出合えるのを楽しみにしています。

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