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鈴木康広Yasuhiro Suzuki

アーティスト …1979年静岡県生まれ。個展やグループ展などを通じて作品を発表している。2015年、「『感じ』をデザイン」する活動が評価され「2014毎日デザイン賞」を受賞。

遊びはデザインするものではなく、発見するもの。

瀬戸内国際芸術祭2010出品作「ファスナーの船」や、「りんごのけん玉」など、日常誰もが目にしているコトやモノを、新たな視点で捉えてデザインし続けている鈴木さん。その作品からは『遊び』や『日常を楽しくする』という側面を感じます。鈴木さんはどのような思いから作品を作り続けているのか?作品作りのプロセスから、鈴木さんの考える『遊び』を聞いていきます。

―鈴木さんの作品の多くに『遊び心』を感じるのですが、作品を作る上で、『遊び心』の重要性はどのように考えられていますか?

「僕の作品は、作ってみて初めて意味が見えてくるものがほとんどです。ずっと後になって意味を持つものもあるし、思いがけない人たちから面白いと言っていただきプロジェクトに声をかけていただくことも多いですね。僕自身『遊び心』というのを意識して作品を作ることはありません。僕は遊びというよりも、むしろ真剣勝負(笑)。でもその作品を見た周りの方からは『遊び心』があるねって言われるんです。そういう意味で『遊び心』はデザインするものではなく、見た人が感じるもの。教わるものでもないと思います。例えば小さい子どもって、本来の使い方やルールとは違うところで新しい遊び方を発見していますよね。やってみないとわからない状態を探求し続けるところに遊びは生まれ、そこに『遊び心』が感じられるんじゃないかと思います。」

無意識にブレーキを踏んでいる自分に気付くこと。

―『遊び心』は教わるものではないということでしたが、自分の中の『遊び心』に気付き、それをモノ作りに生かすにはどうしたらよいと思いますか?

「僕自身の体験なのですが、ついこの間、子どもと一緒にチョークで自宅前の地面に絵を描こうとなったんです。でもその瞬間に僕は『落書きってしていいのかな?』と思ったんです。雨で消えるし大丈夫ということで始めたら楽しくなってしまった(笑)。道路に寝そべって自分の輪郭を自分で描いて事件現場みたいにして遊んでいたら、近所の人にはギョッとされまして。さらにSNSにその様子をアップしたら『そんなことして大丈夫ですか?』というコメントが来たんです。その時、最初にビクビクしていた自分に気付いてしまった。アーティストとしてはそんなことを気にしてはいけない世界に生きているはずなのに…。自分でも気がつかないブレーキ、自制心というものが誰にでもあるんですが、そこで多くの人は『やめておこうかな』と思ってやめてしまうんです。ブレーキをかけている自分に気付いて、意識的に取り外していくというのは大切なことなのかもしれません。失敗しそうだな、と思っても『やってみたら?』と言ってあげること、そういう人が近くにいるというのも大切なことだと思います。」

自分の無意識の気持ちに気付く。

―常に自分の中の気持ちと向き合い、その変化に敏感な鈴木さんだからこそ、当たり前のモノを違った目線で見ることができるんですね。

「僕は誰かから依頼されて作品を作るわけではなくて、自分の思いつきや必要性を具現化しているんです。だから、自分自身に向けた観察はプロ並みだと思います。自分研究所と言っても過言ではないくらい。今回のハッカソンの研究テーマが「BE PLAYABLE」で、《面倒なものや、嫌なものを遊び化する》ということですが、僕は、まずその「面倒」や「嫌なもの」が自分自身にとってどういうことだろうといったところまで踏み込んで考えたい。実際には面倒だと感じている自分にも気づいていないことも多いと思うんです。面倒がどういうことなのかを自分の生活の中でできるだけ多く見つけることは、それを遊び化するときのヒントになると思います。自分の無意識に対する気付きを続けること。そして僕はネガティブなところにこそチャンスがあると思っているので、そういうネガティブな自分の気持ちに気付く特殊能力を『自分研究所』で身につけました(笑)」

―自分の気持ちを客観的に見ることができたり、気持ちの変化に敏感になったりしたきっかけはありますか?

「僕、根に持つタイプらしいんです。アシスタントに言われて、それをいまも根に持っているんですが(笑)、そういうタイプだからこそ、ひとつひとつの出来事や偶然を特別に思えるのかもしれません。たぶん人並みだとは思いますが…(笑)。意味づけして考えることも好きですね。あとは、ずっと描き続けているスケッチ。何年もずっとノートにスケッチを続けているんですが、いくつかコツがあるんです。まずは同じ絵を何回も描くこと。2回も3回も描いていると、描くことに慣れて違うことを考えながら描けるようになります。そうすると違うアイディアや1回目では気づかなかったことが浮かんでくる。頭で考えてから描くというよりは、手で描いてみて、それに頭で気付くという感じでしょうか。そして、ノートに描いたものを時々人に見せて共有すること。プライベートなものを見せるところに緊張感があって、共有するタイミングで生まれる新しい発見がある。アイディアを人に見せるとき、大きい画面に映してみんなで見るのではなく、自分のノートを見てもらうというのは、人とより近い距離で見てもらう場が自然に生まれるからです。」

アイディアと頭脳はタイムマシンができる。

―鈴木さんのスケッチノート、余白がとても多いですね。それは何を意図しているのですか?

「ノートは一度描いたら終わりではなくて、見返すところに意味があります。覚えていないくらい過去に自分が描いたものに、今の自分が思いついた ものをまたメモします。ノートの中は時制をなくしたいので、スケッチには日付を書きません。日付を書くことで、そこで終わりという意識が生まれてしまいますが、アイディアと頭脳はタイムマシンが実現可能なんです。アイディアを終わりにしないというのは重要です。アイディアを描くというと、答えになることを考えようとしがちですが、自分の意外なものを思いつくことが大切です。どうしたら自分にとっても周りにとっても意外なものを思いつけるのか、その訓練を、このノートの中で続けています。」

自分の気持ちの変化、出来事や事象に対して意味づけをする訓練が、鈴木さんの独自の視点を生み出しています。後篇では、実際に『遊び心』を持った作品を紹介しながら、その背景を紐解いていきます。楽しい作品が生まれるに至った鈴木さんの気付きや気持ちの変化とは。【後篇に続く】

インタビュー・後篇

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